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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)344号 判決

原告

K・T

右訴訟代理人弁護士

伊藤喬紳

飯塚義次

被告

法務大臣

宮沢弘

右指定代理人

松村玲子

外八名

主文

一  被告が平成六年一〇月二四日付けで原告に対してした在留期間の更新を許可しない旨の処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三三年一月五日、タイ王国バンコック市で出生したタイ国籍を有する女性であるが、昭和五八年八月九日、日本人の甲野一郎(以下「一郎」という。)と婚姻し、同年九月一六日、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。なお、その改正後の同法を単に「法」という。)四条一項一六号、同法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの。)二条一号所定の在留資格(日本人の配偶者又は子)で一年の在留期間を許可され、わが国に入国した。

2  その後、原告は、昭和五九年九月八日に一年の、昭和六〇年九月六日及び昭和六三年九月九日にいずれも三年の在留期間の更新許可を受け、平成三年八月二九日、法二条の二及び別表第二所定の「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する者として在留期間を三年とする在留期間の更新許可を受けた。

3  原告は、平成六年七月二五日、在留期間の更新許可申請をしたが、被告は、原告が一郎と長期間同居していないこと等を理由に「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない」として、同年一〇月二四日付けでこれを不許可とする処分(以下「本件処分」という。)をした。

4  確かに、原告は、一郎の経営する会社が経営危機に陥ったことから、債権者の追及を免れるため、昭和六二年一月、一郎に言われるまま一郎と別居し、本件処分当時も同居していなかったが、原告としては、やがて一郎と一緒に暮らせることを考え、一郎と連絡を取り合っていたものであり、法律上も、一郎の配偶者の身分を有することに変りはないのであって、本件処分は、何ら合理的な理由が存せず、被告に許された裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法なものである。

よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち、原告が昭和六二年一月一郎と別居し、本件処分当時も同居していなかったことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1(一)  在留期間の更新は、「現に有する在留資格を変更することなく」行われるものであるから(法二一条一項)、その更新申請においては、少なくとも当該外国人が、現に有する在留資格を付与されるための最低限の条件を満たすこと、すなわち当該在留資格に対応する活動に該当する活動を引き続き行うものであると認められることが必要である。

(二)  ところで、日本人と婚姻した外国人の場合、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当するためには、単に日本人との間に法的に有効な婚姻関係が存在するだけでは足りず、それに加えて、日本人の配偶者の身分を有する者としての活動(以下「日本人の配偶者としての活動」という。)を行う者であることが必要である。そして、ここに日本人の配偶者としての活動とは、配偶者の身分を有する者が行うあらゆる活動を意味するのではなく、社会通念上婚姻関係にある配偶者が行うものとされている典型的な活動、すなわち、夫婦として同居・協力・扶助する活動(民法七五二条)を安定的かつ継続的に行うことをいうものと解すべきである。

したがって、日本人の配偶者である外国人であっても、その婚姻関係が破綻し既に形骸化している場合には、当該外国人は、日本人の配偶者としての活動を行う者ということはできず、そのような者は、婚姻生活とは別の活動を目的としてわが国に在留する者であり、「日本人の配偶者等」以外の、その在留の目的に適した在留資格によって在留すべきである。

(三)  原告と一郎は、昭和六二年一月から長期にわたって別居しており、昭和六三年三月ころ以降は一郎から原告に生活費が支払われたこともなく、一郎も平成五年の時点で他の女性と同居しているのであって、その間、婚姻当事者間において、婚姻関係の修復を目的とする何らかの真摯な努力が払われてきた事実もなかったことからすれば、原告と一郎との婚姻関係は、本件処分時において破綻し既に形骸化していたことが明らかである。

したがって、原告は、本件処分時において、日本人の配偶者としての活動を行う者とは認められず、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いていたから、その在留資格での在留期間の更新を許可する余地がなかったものである。

2(一)  また、外国人の在留期間の更新の許否は、国益保持の見地に立って、申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済・社会等の諸事情、国際情勢など諸般の事情を考慮して判断されるべきであり、このような判断は、事柄の性質上、国内外の情勢に通暁し、出入国管理行政の責任を負う被告の広汎な裁量に委ねられていると解すべきであるから、在留期間の更新を不許可とした被告の処分が違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られるというべきである。

(二)  本件において、被告は、①前記のとおり、原告が一郎と長期にわたって別居し、その間、婚姻を修復するための真摯な努力もされておらず、本件処分時において、原告には一郎と夫婦共同生活を営もうという意思がなかったと推認され、原告と一郎の婚姻関係は、破綻し既に形骸化していたものというべきであるから、このような原告について、「日本人の配偶者等」の在留資格での在留期間の更新を認める必要性は乏しいこと、② 原告は、一郎と別居中であった平成三年八月にした在留期間の更新許可申請の際、一郎と同居しているかのごとく装って申請書を提出し更新許可を得ており、このような原告の行為は、出入国管理秩序を無視する悪質なものであって、わが国に在留するための手段として日本人配偶者との婚姻関係を利用しようとするものであること、③ 「日本人の配偶者等」の在留資格が人為的に形成される身分関係であることから、最近では、わが国での就労活動を目的とする外国人が、この在留資格を隠れ蓑として悪用する例が後を絶たない状態にあり、このような状況下において、日本人と法律上の婚姻関係にはあるが夫婦共同生活を営む実体を欠いている外国人についてまで、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留継続を認めるとすれば、偽装婚姻や、婚姻関係の破綻後もわが国での就労活動のために法律上の婚姻関係を継続するという事案を大量に誘発し、ひいては出入国管理秩序の破壊、労働市場の侵害等の不都合をもたらすこと、といった諸事情を勘案して、在留期間の更新を許可しなかったものであって、本件処分には、社会情勢や出入国管理行政の観点から十分な合理性が認められ、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法はない。

3  以上のとおり、原告の「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新については、これを適当と認めるに足りる相当の理由があるとはいえないから、右更新を不許可とした本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告の主張1は争う。

「日本人の配偶者等」の在留資格該当性が認められるためには、当該外国人と日本人との間に法的に有効な婚姻関係が存在することで十分であり、法はそれ以上のものを要求していない。したがって、日本人との婚姻関係が破綻している外国人であっても、適式の離婚手続によって婚姻関係が解消されない限り、日本人の配偶者としての身分を有するのであるから、「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する要件に欠けるものではないのである。

そうすると、原告が「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いているとして、在留期間の更新を許可する余地がなかったと判断するのは誤りである。

2  同2は争う。

原告は、一郎と別居してからも、同人との実質的な婚姻関係の復活を願って同人に対し同居してくれるよう働きかけを続けてきたのであって、わが国で就労することを専らの目的として一郎との婚姻関係を利用しようとしている者ではない。

したがって、在留期間の更新の許否が被告の裁量判断に委ねられているとしても、原告の右のような事情を全く考慮しないで、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断は事実の基礎を欠き、社会通念上著しく妥当性を欠くものであり、本件処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法である。

3  同3は争う。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

被告は、原告と一郎の婚姻関係が破綻し形骸化しているとして、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新を許可する余地がなく、あるいはその更新を認める必要性が乏しい旨主張するので、まず原告と一郎の婚姻関係の推移等についてみるに、前記争いのない事実と成立に争いのない甲第五号証、第六号証の一、二、乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、以前わが国に在留していた際に一郎と知り合い、昭和五八年七月、タイの原告の両親の許を訪れた一郎から求婚され、同年八月九日婚姻し、同年九月一六日来日した。来日後、原告は、一郎が住んでいた横浜市緑区内のAマンションで一郎との結婚生活を送ることとなったが、当時、一郎は、株式会社Bという従業員七〇名ほどの規模の運送会社を経営し、原告に毎月六〇万円程度の生活費を渡しており、原告は近所のスポーツクラブに通うなど、その夫婦生活は経済的にも余裕のある順調なもので、原告が収入を得るために稼働するという状況ではなかった。

2  ところが、結婚後三年余りを経過した昭和六一年暮れころから、一郎は、会社の経営が思わしくなくなり、多額の借金を抱えて債権者から逃げ隠れするような事態となり、それまで住んでいたAマンションもいずれ売却しなければならず、また、債権者等の嫌がらせや追及を免れる必要もあったことから、原告は、昭和六二年一月、当分は夫婦が別々に暮らした方がよいとの一郎の勧めに従い、やむなく、目黒区内のCコーポ三〇一号室に単身転居し、一郎も債権者等の追及を免れるため、原告には電話番号だけ教え、住所を明らかにしないままAマンションを出た(原告が昭和六二年一月に一郎と別居したことは当事者間に争いがない。)。

その後、原告は、後記のとおり一郎から月々の生活費の支払がなくなったことから、平成元年二月、家賃のより安い目黒区内のメゾンDに転居し、さらに平成三年六月には、家賃の負担を軽減するために、友人と共同で部屋を借りて生活することとし、目黒区内のロイヤルビル・Eに転居したが、その友人が結婚したため、平成五年四月、現住所であるリベラNに転居するに至った。なお、原告は、右各転居について、その都度一郎に相談しており、一郎も了解していたものである。

3  一郎は、別居後、Cコーポの原告の居室へはたびたび訪れていたが、原告がメゾンDに転居した後はその居室を訪れることも極めて少なくなり、原告が友人との二人住まいをしていたロイヤルビル・Eの居室には一度も訪れたことはなかった。しかし、この間、原告と一郎は、月数回は電話で連絡を取り合っていたし、平成四年七、八月ころまでは二人で会ってもいたものである。

4  一郎は、別居後も、概ね月一〇万円から二〇万円の生活費を原告に渡していたが、昭和六三年三月ころからは生活費を渡さなくなり、ただ平成四年ころまでは原告の求めに応じてその都度二、三万円ないし一〇万円を渡すということが続いていた。

原告は、自らも生活費を稼ぐ必要から、昭和六二年五月以降、F株式会社で通訳として働くようになったが、その後、インテリア関係の勉強を行うため、平成元年四月G学園に入学し、平成四年三月ここを卒業した後、平成四年七月から、輸入雑貨を取り扱うH株式会社に就職し、現在に至っている。なお、原告は、右G学園に在学中は、主としてタイの親からの送金で生計を維持していたものである。

5  原告は、一郎との別居後、たびたび一郎に対して一緒に生活してくれるよう求めていたが、一郎は、まだ会社の建直しができていないとして応じようとせず、平成四年七、八月ころに会った際も、一緒に暮らすことを希望する原告に対し、多額の借金があるからあと四、五年待ってくれと述べ、その後も、原告から一郎に電話して連絡しあうという状況が続いていた。

平成五年ころ、原告が一郎に電話をした際に女性が応答したことから、原告は、一郎が女性と同居しているのではないかと疑い、その女性について一郎に尋ねたところ、一郎は、彼女とは仕事の関係だけであるとか、彼女にも夫や子供がいるから大丈夫だなどと言い訳し、いずれは原告と同居するつもりであるとの感じを抱かせる対応をしていた。

6  ところが、一郎は、その後しばらくして、原告が電話をしても、まともな応答をしないようになり、同居のことも言わなくなった。このような状況のもとで、原告は、平成六年七月、在留期間の更新時期を迎え、一郎に身元保証人になってもらいたい旨求めたところ、一郎は、今は収入、資産がないから保証人になれないという理由でこれに応じなかったため、原告は、父の知人である昭和大学医学部の滝内石男教授に依頼して身元保証人になってもらい、在留期間の更新許可申請をしたが、同年一〇月二四日付けでこれを不許可とする本件処分がされた(本件処分当時、原告と一郎が別居していたことは当事者間に争いがない。)。

7  原告は、その後も、一郎に自分の許へ戻ってきてほしいという気持を持っていたが、やがて一郎と一緒に暮らしている女性が株式会社Bで一郎の秘書をしていた女性であることが判明し、一郎がどうしても原告の許に戻らないというのであれば、きちんとした手続で解決したいと考え、本件処分後の平成七年三月、弁護士に依頼して、東京家庭裁判所八王子支部に、一郎との離婚と五〇〇万円の財産分与等を求める調停を申し立てた。しかし、原告としては、現在もなお、一郎さえその気になればもう一度一緒に暮らしたいと考えているが、一郎がどのように考えているかは明らかでない。

二  右認定したとおり、原告と一郎は、本件処分時までに約八年間別居状態が続いてはいるものの、右別居の発端は、一郎の会社の経営不振に伴い、債権者からの追及を免れるためにとられた措置であり、しかも、平成四年ころまでは、二人で会ったり、電話で連絡したりしていたもので、その関係が特に不仲になったというわけではなかったこと、その別居期間中、原告はたびたび一郎に対し一緒に生活してくれるよう求めたが、会社の再建がまだであるとか、あと四、五年待ってくれといわれていたこと、平成五年ころ以降、一郎は、他の女性と関係を持つようになり、原告とも会うことがなくなったが、電話では連絡を取り合っており、女性関係についても言い訳するなど、原告との関係を否定しようとはしていなかったこと、一郎が原告と同居する意思を示さなくなったのは、その後しばらくしてからであり、本件処分の一年程前からであること、本件処分当時、原告としては、なお一郎との婚姻関係を維持、継続する意思を有していたものであり、一郎も、必ずしも原告との婚姻生活の継続を積極的に否定する言動はとっていないことなど、本件に現れた別居の動機、その後の経緯、両者の関係が疎遠になってからの期間、原告の婚姻継続の意思の程度を総合考慮すると、原告と一郎の婚姻関係は、本件処分当時、一郎の女性関係の故に破綻に瀕していたということはできるが、必ずしも、将来、夫婦共同生活をやり直す可能性が全くないなど、その婚姻関係が未だ完全に回復し難い程に破綻してその実体を失い既に形骸化していたということができないことは明らかである(なお、原告は、本件処分後の平成七年三月に、一郎との離婚を求める調停申立てをしているが、これは、前記認定のとおり、本件処分後に、一郎が秘書であった女性と一緒に生活していることが判明し、一郎が原告との同居にどうしても応じないというのであれば、きちんと処理したいという趣旨で申し立てたものであり、右調停の申立てをもって、本件処分当時、原告に一郎との婚姻関係を維持、継続する意思がなかったと速断することはできない。)。

三  そこで、本件処分の適否について判断するに、在留期間の更新許可は、わが国に在留している外国人の申請により、現に有する在留資格を変更することなく、従前許可された在留期間に引き続きさらに一定期間適法にわが国に在留できる法律上の地位を付与する処分であり、したがって、その許可は、当該外国人が現に有する在留資格に属する活動を引き続き行おうとする場合、すなわち、当該外国人が更新時において有する在留資格に該当する要件を充足していることを当然の前提としているものであって、その要件を欠く者からの更新の申請はこれを認める余地がないことはいうまでもないから、まず、原告が本件処分当時において「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を充足していたかどうかについて検討することとする。

1  本邦に在留する外国人の在留資格は、法別表第一又は別表第二の上欄に掲げられているとおりであり、別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、別表第二の上欄の在留資格をもって在留する者は本邦において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができるとされ(法二条の二第二項)、また、上陸審査においても、入国審査官は、当該外国人の申請に係る本邦において行おうとする活動が別表第一の下欄に掲げる活動又は別表第二の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動のいずれかに該当することを審査すべきものとされている(法七条一項二号)ことなどからすると、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目して、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えて、その入国及び在留を認めることとしているものということができるから、日本人と婚姻した外国人が「日本人の配偶者等」の在留資格によってわが国に在留するためには、当該外国人がわが国において行おうとする活動が、日本人の配偶者としての活動に該当することが必要となるというべきである。

2 もっとも、法別表第二の「日本人の配偶者等」の下欄には、日本人の配偶者としての活動の内容を個別的・具体的に定めておらず、その活動の範囲を具体的に認識できるような規定も見当たらないから、結局は、社会通念に従って、その内容・範囲を判断するほかないというべきであるところ、婚姻は夫婦としての同居・協力・扶助の活動を中核とするものであることはいうまでもないが(民法七五二条)、例えば、日本人配偶者の一方的な遺棄によって、それらの活動ができない事態になったとしても、未だその状態が固定化されず、なおその婚姻関係を維持、修復しうる可能性があるなど、その婚姻関係が実体を失って形骸化しているとみることができないような場合には、同居・協力・扶助の関係が失われたことから直ちに、社会通念上日本人の配偶者としての活動を行う余地がなくなったと断ずることはできないというべきであるし(仮に、被告が、夫婦としての同居・協力・扶助の関係が失われればそれだけで当然に日本人の配偶者としての活動を行うとはいえないと主張する趣旨であれば、それは当裁判所の採用するところではない。)、他方、既にその婚姻関係が回復し難いまでに破綻し、互いに婚姻関係を維持、継続する意思もなく、婚姻関係がその実体を失い形骸化しているような場合には、もはや社会通念上夫婦としての活動を行う余地があるものとはいえないから、かかる外国人配偶者がわが国で行う活動は、夫婦としての活動というよりも、就労など他の目的をもった活動というべきであって、そのような者までを、単に日本人と法律上の婚姻関係にあるというだけで、日本人の配偶者としての活動を行う者に当たるということは困難であり、かかる外国人について、「日本人の配偶者等」の在留資格を認める余地はないといわざるをえない。

3  原告は、日本人と法的に有効な婚姻関係にある外国人であれば、日本人の配偶者という身分を有することのみで、「日本人の配偶者等」の在留資格を有する者であり、たとえ婚姻関係が破綻しているとしても、適式に離婚していない以上、「日本人の配偶者等」の在留資格が認められる旨主張するが、前示のとおり、法は、個々の外国人がわが国で行おうとする活動内容に着目し、一定の在留活動を行おうとする者に対してのみ、その活動内容に応じた在留資格を与えることとした趣旨と解すべきであり、「日本人の配偶者等」の在留資格も、当該外国人が、わが国でその身分を有する者としての活動として社会通念上予想される活動を行うことに着目して、これを認めることとしたものとみるのが相当であって、原告の主張は法の趣旨に合致せず、採用することができない。

4  右のような見地に立って、本件についてみるに、本件処分当時、原告と一郎の婚姻関係が未だ完全に破綻してその実体を失い形骸化しているといえないことは既に検討したとおりであり、原告に、社会通念上日本人の配偶者としての活動を行う余地がなくなったということはできないから、原告が、本件処分当時、「日本人の配偶者等」の在留資格に該当する要件を欠いていたということはできず、右要件を欠いていたことを理由に、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新を許可する余地がなかったとする被告の主張は、失当である。

四  ところで、一定の在留資格に該当する要件を充足する外国人も、当然にはわが国で在留を継続する権利を有するとはいえないのであって、更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるかどうかの判断は、国内の治安と善良の風俗の維持などの国益保持の見地から、更新申請の理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の行状や国内外の情勢など諸般の事情を総合的に勘案して行われる被告の裁量に委ねられているものである。しかしながら、その裁量権はもとより無制限なものではなく、被告の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるようなときは、その判断は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法となると解すべきである。

1  そこで、本件において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断に裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったかどうかについて検討するに、前示のとおり、本件処分当時、原告と一郎の婚姻関係は未だ完全に破綻してその実体を失い形骸化していたということができないことは明らかであり、原告としては、できることなら一郎と一緒に生活したいと考え、引き続きわが国に在留することを希望していたものであり、本件に現れた原告と一郎の婚姻関係の推移など前記認定した諸事情を合わせ考えれば、原告が、一郎の配偶者としてわが国における在留を継続したいと考えたことには十分な理由があったというべきであって、その更新を認めないとすれば、原告としては、一郎との婚姻関係を修復するための機会を失い、本来、夫婦としてできる限りの努力を傾注して行うべき円満な婚姻関係の維持、修復のための活動をわが国において行うことが不可能になるといわなければならない。

2  また、成立に争いのない乙第六号証の一によれば、原告は平成三年八月に在留期間の更新許可申請をした際に一郎と同居している旨の申請書を提出していることが認められるが、前記認定のとおり、その時点では、一郎もいずれ原告と同居する意思があることを述べていたものであり、原告において、同居の意思がないのに同居を装うためにだけそのような申請書を提出したとまではいえないことからすれば、原告の行為は、出入国管理行政の適正な執行を妨げるおそれがあるものといえるが、必ずしもわが国の国益を具体的に損なうといえる程に悪質なものとまでいうことはできないし、まして、原告が、わが国に在留するための手段として婚姻関係を利用しようとする者であるということもできず、右の点をとらえて在留期間の更新を不許可とすることには十分な合理性があるということができない。

3  なお、被告は、同居していない配偶者の在留継続を認めることは偽装婚姻などを誘発する弊害を生じると主張するが、前記認定したところからすれば、本件において、原告と一郎の婚姻が偽装であるとか、原告が婚姻継続の意思を有しないのに、専らわが国で就労するために一郎との婚姻関係を利用しようとしている者でないことは明らかであるから、一般的には被告主張のような懸念があるとしても、真にそのような状況にない原告について、単に同居していないというだけで、その理由やその間の事情などを一切問うことなく、「日本人の配偶者等」の在留資格による在留期間の更新を不許可とすべきであるとするのは妥当でないといわなければならない。

4 そうすると、本件に現れた諸事情のもとでは、被告が、原告と一郎との婚姻関係が破綻し既に形骸化していることなどを理由に、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとして、原告に対し更新を許可しなかったことは、その判断の基礎とした事実の認識を誤ったか、あるいは、事実に対する評価を誤ったものというべきであり、他に特段の事情があることの立証のない本件においては、社会通念上著しく妥当性を欠くものといわざるをえず、この点において、本件処分は、裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして違法というべきであり、取消しを免れない。

五  よって、原告の本件請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官橋詰均 裁判官德岡治)

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